1972|RUNNING
速く走るためではない。地面をつかむために生まれた。
Nikeの歴史には、後から振り返ると「すべての始まり」に見えるシューズが何足もあります。
Cortez。
Waffle Trainer。
Air Jordan 1。
Air Max 1。
しかし、それらより前。
1972年のオレゴン州ユージーンで、まだ世界的企業になる以前のNike/Blue Ribbon Sportsが、少数のランナーのために手作業で組み上げていた奇妙なランニングシューズがありました。
Moon Shoe。
日本から運ばれたナイロン製アッパー。
ユージーンで作られたラバーシートから手作業で切り出されたワッフルソール。
そして、一足ずつ人の手で組み上げられた試作品。
大量生産品ではありません。
完成された市販ランニングシューズでもありません。
しかしこの一足は、Bill Bowermanが繰り返してきたワッフルソールの実験が、実際の競技者へ渡される「Nikeのシューズ」として形になった重要な段階でした。
Moon Shoeの物語は1972年から始まったわけではない
SOLEVAULT No.002で収蔵したように、ワッフルソールはMoon Shoeより前から走っていました。
1971年11月。
オレゴン大学クロスカントリーチームのメンバーが初期ワッフルモデルを競技で着用し、チームはNCAAタイトルを獲得しています。
さらに1972年の冬から春にかけて、大学選手や地元South Eugene High Schoolの選手たちがテストを継続しました。
したがって、
1971 Early Waffle Prototype → 1972 Moon Shoe
の間には、一本の明確な境界線があるわけではありません。
複数の試作品を作る。
選手が走る。
壊れる。
改良する。
また作る。
その連続した開発過程のなかから、1972年夏の全米オリンピック・トライアルに向けて作られた小ロットの試作品が、後にMoon Shoeとして知られるようになります。
1972年、舞台はユージーン
次の大きな舞台は、1972年にオレゴン州ユージーンで開催されるU.S. Olympic Track and Field Trialsでした。
Bowermanたちは、ワッフルソールをこの舞台へ持ち込みます。
現在のNikeのような巨大な研究開発施設から完成品が送られてきたわけではありません。
Nikeの最新Bowerman史によれば、ナイロン製アッパーは日本から空輸されました。
一方、ワッフルソールはユージーンで作られたラバーシートから手作業で切り出されます。
それらを接着した人物が、Blue Ribbon Sports初期メンバーの、
Geoff Hollister(ジェフ・ホリスター)
でした。
こうして作られたシューズは、少数の競技者がトレーニング時やHayward Fieldのインフィールドなどで試しました。
Moon Shoeは単なるデザインコンセプトではありません。
人間が実際に履いて走るための実験靴だったのです。
日本から来たアッパーと、ユージーンで作ったソール
この製作工程は、初期Nikeを理解するうえで非常に面白い部分です。
現在なら、一足のNikeは高度に統合された世界規模のサプライチェーンから生まれます。
Moon Shoeは違いました。
UPPER|日本から調達
WAFFLE RUBBER SHEET|ユージーンで製作
SOLE|シートから手作業で切り出す
ASSEMBLY|Geoff Hollisterらが組み立てる
という、非常に手工業的な製作でした。
つまりMoon Shoeの価値は、ワッフルソールだけではありません。
1972年当時の小さなBRS/Nikeが、手に入る材料、人、技術を組み合わせながら一足を作っていたことそのものを示しています。
完成されたレーシングシューズではなかった
現在のMoon Shoeは歴史的名品として扱われます。
しかし1972年当時から「完成された傑作」だったわけではありません。
Nike Running HistorianのRick Lowerは、その構造を非常にミニマルなものだったと説明しています。
要するに、
アッパー+薄いワッフルシート。
特にマラソンレベルの使用には十分完成しておらず、履き心地は裸足で走るようなものだったとされています。
それでも少数のランナーが履きました。
ここが重要です。
Bowermanたちはショーケースに飾るためにMoon Shoeを作ったのではありません。
作る。履かせる。走らせる。
その結果から次を考える。
No.002から続く、Nike初期の実験方法そのものです。
なぜ「Moon Shoe」なのか
Moon Shoeという名称から、宇宙開発をテーマに企画された商品を想像するかもしれません。
そうではありません。
ワッフルソールで地面を走ると、特徴的な凹凸のある足跡が残ります。
その跡が、Apollo計画でアメリカの宇宙飛行士たちが月面に残した足跡を思わせました。
そこから、
Moon Shoe
というニックネームにつながったとNike自身が記録しています。
つまり少なくともNike最新資料の表現では、最初からマーケティングのために付けられた商品名として扱うより、
特徴的な足跡から生まれた呼称
として理解するのが適切です。
「Moon Shoeは12足」は、どこまで確定しているのか
ここはSOLEVAULTでは資料を分けます。
Nike Department of Nike Archivesの最新記事は、
“a small batch of prototypes”
つまり「少数の試作品」としています。
一方、Guinness World Recordsは、2019年にオークションへ出たMoon Shoeについて、
original batch of 12 pairs
と記録しています。
さらに、その12足のうち現存するのは一部だけだとしています。
したがってSOLEVAULTでは、
PRODUCTION QUANTITY|製作数:12足とする記録あり
とします。
「Nike公式最新アーカイブが12足と明記している」とは書きません。
この区別が重要です。
Moon Shoeは販売されたのか
これも単純に「発売された/発売されなかった」とすると正確さを失います。
Nike Department of Nike Archivesは、
Moon Shoe自体は市場投入されなかった
と説明しています。
ところが同じNike公式資料は続けて、
ユージーンのNike店舗から数足が販売されたと考えられている
とも記録しています。
したがって、
一般量産販売:なし
しかし、
極少数の店舗販売:存在したと考えられている
です。
SOLEVAULTでは、この二つを分離して記録します。
大量生産された通常の商品ではない。
しかし「誰にも販売されなかった純粋な試作品」と断言することもできない。
Moon Shoeは、その中間に存在します。
Moon Shoeは「一つの仕様」ではない
古いNikeを調べるとき、現存する有名な一足の写真を見て、
「これが1972 Moon Shoeの仕様」
と決めたくなります。
しかし、そこにも注意が必要です。
Nikeはオレゴン周辺や1972年のトライアル期に複数の初期モデルがテストされた開発過程を記録しています。
さらに現在のSotheby’sも、現存するMoon Shoeには構造上の個体差があると説明しています。
試作品なのですから、むしろ自然です。
したがってSOLEVAULTでは、現存する一個体の仕様を、
「1972 Moon Shoe全個体の確定仕様」
として扱いません。
将来、個体番号、写真、出所、製作方法などを十分に追跡できる資料が揃えば、Moon Shoeの個体差そのものを別途整理する価値があります。
2010年、土の中からNikeの原点が出てきた
Moon Shoeの開発史には、数十年後の後日談があります。
Bowermanがワッフル実験に使用したワッフルアイアンは、長い間失われたものと考えられていました。
ところが2010年。
Bowermanの息子Tomがオレゴン州Coburgにあった家族の土地を改修した際、古いゴミ捨て場から、ワッフル開発に関係する資料が発見されます。
ワッフルアイアン。
試作品。
型。
そしてMoon Shoeに関係する初期サンプル。
かつて実験の残骸として捨てられたものが、数十年後にはNike創業期を物理的に証明する歴史資料になりました。
ワッフルアイアンは現在、NikeのDepartment of Nike Archivesに保存されています。
1972年を実際に走ったMoon Shoe
Moon Shoeには、オークションのために保存されていた個体だけでなく、1972年当時の競技者が所有していた一足も残されています。
その一人が、Dave Russellです。
Russellは25歳だった1972年、オレゴン州ユージーンで開催された全米オリンピック・トライアルのマラソンに出場しました。
後年、Russellは自身が所有していたMoon Shoeについて、ワッフル状のソールが靴底へ接着され、シューズそのものが完全な手作りだったと証言しています。
そして履き心地についても、足にぴったり合ったと振り返っています。
ここがMoon Shoeを理解するうえで重要です。
現在では、数万ドル、数十万ドルで取引される歴史的コレクターズアイテム。
しかし1972年には、
展示するための靴ではなく、選手が実際に履いて走るための実験靴でした。
Russellが所有していた一足は後年、オレゴン州ユージーンのGraduate Eugene Hotelへ50,000ドルで売却されたとAP通信は報じています。
同記事はRussellが1972年のOlympic Trialsマラソンで55位だったことも、LetsRun.comの記録を引用して伝えています。
さらにAPは、2016年には使用感がありシューレースを欠いた別のMoon Shoeが11,200ドルで売買されたとも報じています。
そして2019年には、未使用の別個体がSotheby’sで、
437,500ドル
に達します。
つまりMoon Shoeは「一足が43万7500ドルになった」というだけではありません。
1972年に実際に走った個体が残り、それぞれの使用歴、所有者、状態、売買履歴まで追跡できる。
そこまで含めて、一足の歴史です。
ARCHIVE DATAにも追加しましょう。
KNOWN ATHLETE|確認された所有・着用選手: Dave Russell
COMPETITION|関連競技: 1972 U.S. Olympic Trials Marathon
REPORTED RESULT|報道された成績: 55th(APがLetsRun.comを引用)
KNOWN USED PAIR|確認された使用個体: Dave Russell Pair
DOCUMENTED SALE|記録された売却: $50,000
DESTINATION|売却先: Graduate Eugene Hotel, Eugene, Oregon
OTHER REPORTED SALE|その他の報道された取引: 2016 — $11,200(使用感あり/シューレース欠損個体)
ただ、「12足作られた」についてはこのAP記事だけで確定扱いにはしません。 すでに003ではNike公式の「small batch」と、Guinnessの「12 pairs」を分けています。その方針を維持します。
2019年、世界で最も高額なスニーカーになった
そしてMoon Shoeには、もう一つ非常に重要な記録があります。
2019年7月23日。
Sotheby’sのオークションに、
1972 Nike Waffle Racing Flat “Moon Shoe”
が出品されました。
サイズは12.5。
落札価格は、
$437,500
でした。
落札者はカナダの実業家・コレクター、
Miles Nadal(マイルズ・ナダル)。
Sotheby’sは、この落札によってスニーカー一足のオークション世界最高額記録が更新されたと発表しています。
Guinness World Recordsも同じ落札を記録しています。
しかも、この個体は未使用品でした。
1972年。
ユージーンで手作業された実験靴。
それが47年後、
世界で最も高額に落札されたスニーカー
になったのです。
ただし「現在も世界最高額」ではない
ここも重要です。
Moon Shoeが作った記録は、その後更新されています。
2020年5月17日。
Michael Jordanが実際に着用し、サインした1985年のAir Jordan 1がSotheby’sで、
560,000ドル
で落札されました。
Sotheby’s自身が、この価格によって前年のMoon Shoeの437,500ドルという記録を更新したと明記しています。
したがって、
「Moon Shoeは世界で最も高いスニーカーである」
と現在形では書きません。
正確には、
2019年7月、当時のスニーカー・オークション世界最高落札額を記録した。
です。
なおGuinnessは現在もMoon Shoeを**「オークションで最も高額に売れた未使用スニーカー」**として掲載しています。
こういう時系列まで残しておくのがSOLEVAULTです。
Moon Shoeの次に何が起きたのか
Moon Shoeそのものは大量生産されませんでした。
しかし、ワッフルのDNAは残りました。
1973|Oregon Waffle
そして、
1975|Waffle Trainer
へ。
Nike Department of Nike Archivesは、Waffle TrainerをMoon Shoeの実験を世界的な商品へつないだ橋として位置づけています。
1975年にはWaffle Trainerの注文が10万足を超え、Nike最初の大ヒット商品の一つとなりました。
だからMoon Shoeだけを珍しいヴィンテージスニーカーとして見ると、本当の重要性を取りこぼします。
これは、
実験 → 試作 → 実戦 → 改良 → 製品化
というNike初期の開発史の途中に存在する一足です。
WHY IT MATTERS|なぜ、この一足を残すのか
No.001 The Nikeは、
Swooshを付けて販売された最初の一足。
No.002 Early Waffle Prototypeは、
Nike独自のワッフル技術が競技を走り始めた段階。
そしてNo.003 Moon Shoeは、
その実験が、ひとつの認識可能なシューズとして形になった段階。
です。
まだ完成していない。
大量生産されていない。
仕様も均一ではない。
それでも、日本からアッパーを運び、ユージーンでラバーシートを作り、手でソールを切り出し、人が接着し、選手が実際に履いて走った。
ここには後のNikeへつながるものが、すでにあります。
SOLEVAULT VIEW
Moon Shoeについて調べると、437,500ドルという数字は強烈です。
しかしSOLEVAULTが残したいのは、
「高いスニーカーだった」
という話だけではありません。
2019年には43万7500ドル。
しかし1972年には、巨大なコレクター市場のために作られた靴ではありませんでした。
少数のランナーに履かせるため、人の手で組み立てられた試作品です。
その価値が47年後に変わった。
実験道具が、歴史資料になった。
だから面白い。
成功した商品だけを追えば、Moon Shoeは「Waffle Trainer以前の珍しい靴」で終わります。
しかし一足ずつ追えば、
1971年の名前のないワッフル実験があり、
1972年のMoon Shoeがあり、
1973年のOregon Waffleがあり、
1975年のWaffle Trainerへ進んでいく。
NikeがNikeになっていく過程そのものが見えてきます。
完成品だけが、歴史ではない。
1972年、ユージーン。
地面に残された月面のような足跡。
それを、
SOLEVAULT No.003
として保存します。
ARCHIVE DATA|アーカイブデータ
SOLEVAULT No.003
MODEL|モデル名: Moon Shoe(ムーンシュー)
ALTERNATIVE NAME|別称: Nike Waffle Racing Flat
YEAR|年代: 1972
ROOM|分類: RUNNING(ランニング)
TYPE|用途: Running Prototype / Racing Experiment(ランニング用プロトタイプ/競技実験モデル)
STATUS|製品状態: Prototype / Small-Batch Experimental Shoe(試作品/小ロット実験靴)
DEVELOPER|主要開発者: Bill Bowerman(ビル・バウワーマン)
KEY PERSON|製作主要人物: Geoff Hollister(ジェフ・ホリスター)
ORGANIZATION|当時の組織: Blue Ribbon Sports / Early Nike(ブルーリボンスポーツ/初期Nike)
PRODUCTION|製作形態: Small Hand-Built Batch(少数・手作業による製作)
UPPER|アッパー: Nylon Upper Sourced from Japan(日本から調達したナイロン製アッパー)
OUTSOLE|アウトソール: Hand-Cut Waffle Sole from Rubber Sheets Made in Eugene(ユージーン製ラバーシートから手作業で切り出したワッフルソール)
ASSEMBLY|組立: Eugene, Oregon(米国オレゴン州ユージーン)
ASSEMBLY METHOD|確認された組立工程: Components Glued by Hand(部材を手作業で接着)
DEBUT / TESTING|使用時期・舞台: 1972 U.S. Olympic Trials Period, Eugene(1972年全米オリンピック・トライアル期/ユージーン)
VENUE|関連会場: Hayward Field(ヘイワード・フィールド)
NAME ORIGIN|名称の由来: Moon-Like Waffle Footprints(ワッフルソールが残す月面のような足跡)
KNOWN PRODUCTION QUANTITY|伝えられる製作数: 12 Pairs(12足とする記録あり/Guinness World Records)
SURVIVING PAIRS|現存数: Only a Handful Reported(数足のみ現存するとされる)
MASS COMMERCIAL RELEASE|一般量産販売: No(なし)
LIMITED STORE SALES|少数店舗販売: Believed to Have Occurred at Nike’s Eugene Store(ユージーンのNike店舗で数足販売されたと考えられている)
ORIGINAL RETAIL PRICE|当時販売価格: 未確認
MODEL NUMBER|当時品番: 未確認
KNOWN VARIATIONS|確認される個体差: Multiple Early Variations / Construction Differences(複数の初期仕様・構造差が確認される)
PRECEDING ARCHIVE|前段階: Early Waffle Prototype(1971)
NEXT DEVELOPMENT|次の発展: Oregon Waffle(1973)→ Waffle Trainer(1975)
NOTABLE AUCTION|著名オークション: Sotheby’s, New York, July 23, 2019
AUCTION MODEL DESCRIPTION|出品名称: 1972 Nike Waffle Racing Flat “Moon Shoe”
AUCTION SIZE|出品サイズ: 12.5
AUCTION CONDITION|出品状態: Unworn(未使用)
BUYER|落札者: Miles Nadal(マイルズ・ナダル)
AUCTION PRICE|落札価格: $437,500
AUCTION RECORD|当時の記録: World Auction Record for a Pair of Sneakers(当時のスニーカー・オークション世界最高落札額)
RECORD BROKEN|世界記録更新: 2020年、1985 Air Jordan 1 Game-Worn Autographed Pairが$560,000で更新
CURRENT SPECIAL RECORD|現在確認できる特別記録: Guinness World RecordsはMoon ShoeをMost Expensive Unworn Trainers Sold at Auctionとして掲載
SOURCE STATUS|資料確認状況: CONFIRMED / PARTLY DOCUMENTED(主要開発史はNike公式確認済み/製作数・一部個体史は外部記録による)
CURRENTLY CONFIRMED|現在確認できていること
Nike Department of Nike ArchivesおよびNikeの最新Bowerman史から、1972年夏にBowermanとHollisterが全米オリンピック・トライアル期へ向けて小ロットの試作品を製作したこと、日本からナイロン製アッパーを調達したこと、ユージーン製ラバーシートからワッフルソールを切り出したこと、Hollisterが部材を接着したこと、少数の競技者がテストしたこと、Moon Shoeという呼称の由来を確認できます。
またNike自身が、Moon Shoeは一般市場投入されなかった一方、ユージーン店舗から数足販売されたと考えられていること、1973年Oregon Waffle、1975年Waffle Trainerへ技術が発展したことを記録しています。
CURRENTLY UNCONFIRMED|現在確認できていないこと
現時点では、全Moon Shoe個体の完全な製作順、各個体の製作者、全着用選手、各個体の完全な素材・カラー・寸法・重量、1972年当時の正式品番、ユージーン店舗で販売された正確な足数と価格までは確定できていません。
また「12足」という数字はGuinness World Recordsなどで確認できますが、今回参照したNike Department of Nike Archivesの最新Moon Shoe記事は「small batch」と表現しています。したがってSOLEVAULTでは、12足をNike公式最新資料による確定値とは扱いません。
PRIMARY SOURCES|主要資料
開発史の中心資料はNike Department of Nike Archivesです。
Nike Department of Nike Archives — The History of the Nike Moon Shoe
製作工程についてはNikeの最新Bill Bowermanアーカイブも使用しています。
Nike — Bill Bowerman: Nike’s Original Innovator
2019年のオークションについてはSotheby’s、12足・未使用個体についてはGuinness World Recordsで照合しています。
Sotheby’s — 2019 Moon Shoe Auction Record
Guinness World Records — Moon Shoe Auction Record
SOLEVAULT No.003|完全版・再収蔵完了。
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