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No.006|Nike Blazer Hi-Top Leather(ナイキ ブレーザー ハイトップ レザー)|1972

1972|BASKETBALL

目次

INTRODUCTION

1972年。

Nikeはまだ、世界最大級のスポーツブランドではなかった。

Swooshが誕生して間もなく、Blue Ribbon SportsからNikeという新しいブランドが立ち上がり、ランニングを中心に自分たちの商品を市場へ送り出し始めたばかりだった。

そのNikeが、バスケットボールへ踏み込んだ初期の一足がNike Blazer Hi-Top Leatherである。

現在では単に「Nike Blazer」と呼ばれることが多い。しかしSOLEVAULTでは、半世紀後のBlazerシリーズ全体と1972年の一足を混同しない。

今回確認した1972年のBlue Ribbon Sports / Nikeカタログには、BLAZER HI TOPが独立した商品として掲載されている。

Nike Department of Nike Archivesも、当時のカタログ表記を**“Blazer HT”**として紹介している。

したがってNo.006では、1972年の起点となったレザー製ハイトップを、

Nike Blazer Hi-Top Leather

として収蔵する。


1972年、Nikeがバスケットボールへ向かった

初期Nikeを追うと、どうしてもランニングシューズが中心になる。

Cortez、Marathon、Obori、Flyte。

しかし1972年のNikeは、すでにランニングだけを見ていたわけではない。

今回確認したBRS/Nikeカタログには、ランニング、トラック&フィールドと並んで、Basketballのセクションが設けられている。

そこに登場する中心的なモデルが、

Bruin
Blazer

だった。

Nike公式によれば、Portland Trail Blazersの数名の選手は1972年、Bruinのプロトタイプを着用した。Nikeは彼らを、Swooshを着用した最初期のプロスポーツ選手としている。

そして同年12月、

Blazerもコートへ登場した。

No.005として収蔵したBruin PrototypeとNo.006 Blazer Hi-Top Leatherは、まさにNike Basketballが立ち上がろうとしていた時期を連続して記録する二足なのである。


なぜ「Blazer」なのか

名称の由来は明確だ。

Portland Trail Blazers。

Nikeの地元Portlandを本拠地とするプロバスケットボールチームから取られた。

これは後年付け加えられた逸話ではない。Nike Department of Nike Archives自身がBlazerの名称由来として記録している。

ここには初期Nikeらしい特徴がある。

巨大な世界ブランドになってから有名選手との関係を作ったのではない。

まだNike自身が小さかった時代から、地元のプロスポーツと接触し、実際の選手にSwooshを履かせながら商品を作っていた。

Blazerという名称そのものが、その時代を残している。


1972年カタログに残されたBLAZER HI TOP

今回確認した1972年BRS/Nikeカタログが重要なのは、Blazerの存在だけでなく、当時のBlazerがどんなバスケットボールシューズだったのかを具体的に記録していることである。

カタログでは、

BLAZER HI TOP

として掲載されている。

Nike公式もこの同時代カタログから、Blazer HTが頑丈さ、サポート、快適性を訴求していたことを紹介している。

ここで注意したい。

これは現代の復刻Blazerの仕様ではない。

1972年当時のBRS/Nikeが、自分たちのBlazerをどう作り、どう説明していたかという記録である。

SOLEVAULTでは、この違いを明確にする。


Finest Calf Leather Upper

Blazer Hi-Topの大きな特徴がレザーアッパーだった。

当時の資料では、

finest calf leather upper

と説明されている。

つまり上質なカーフレザーを主要素材としたバスケットボールシューズだった。

現在のBlazerにもレザー仕様は存在するが、だからといって現行モデルの素材や厚さ、ライニング、補強方法を1972年型へ逆算してはいけない。

No.006で確定できるのは、当時のBlazer HTがcalf leather upperを明確に訴求していたというところまでである。


Vulcanized Construction

さらに重要なのが製法だ。

Nike Department of Nike Archivesによれば、レザーアッパーは**vulcanizing process(加硫工程)**によってラバーアウトソールと接合された。

Nike公式はこれを、大型の加熱設備によってアッパーとラバーアウトソールを熱接着する工程として説明している。

そして当時、この工程を行える日本の工場は限られていたという。

これは1972年のBlazerを理解するうえで非常に重要である。

Blazerは単に「Nikeがデザインした革のバスケットボールシューズ」ではない。

初期Nikeと日本の製靴技術が結びついて成立した一足でもあった。

ただし、現時点ではNo.006の具体的な製造工場名までは確認できていない。

ここは推測せず、未確認として残す。


バスケットボール用に組み立てられた構造

1972年BRS/Nikeカタログを見ると、Blazer Hi-Topは外観だけで作られた靴ではない。

競技中に負荷が集中する部分への補強、足首周辺の保護、足内部のサポートなど、バスケットボール用として複数の構造が説明されている。

確認できる主要要素には、

polyfoam tongue
padded ankle collar
arch support / arch bandage
SPENCO innersole

などがある。

高い位置まで覆うアッパーとパッド入りの足首周辺を組み合わせ、さらに足内部のサポートとクッションを持たせる。

BRSはこれらを競技時のsupport、comfort、protectionと結びつけて訴求していた。

ただし、その性能表現は1972年当時のメーカーによる商品訴求として扱う。

現代の測定基準によって効果が実証されている、と読み替えるものではない。


SPENCOという初期Nike共通の要素

興味深いのがSPENCO innersoleである。

今回の1972年カタログを通して見ると、SPENCOはBlazerだけに現れる特殊な名称ではない。

Cortez、Marathon、Road Runner系など、初期Nikeの複数の商品で確認できる。

つまりBlazerだけを切り離して見るより、

1972年のNikeがシューズ内部の快適性やクッションをどう考えていたか

という横断的な視点で見る方が面白い。

ランニングとバスケットボールでは競技は違う。

それでもNikeは、インソール、フォーム、アーチ支持といった考え方を複数カテゴリーへ展開していたことが、同じカタログから見えてくる。


Geoff PetrieとNike Basketball

今回のBRSカタログでもう一つ見逃せないのが、Geoff Petrieである。

PetrieはPortland Trail Blazersの選手だった。

そしてカタログでは、単にNikeを履いている有名選手として登場するのではない。

Nike athlete advisory boardのメンバーとして、Nikeのバスケットボールシューズ開発に関与した人物として紹介されている。

ここは初期Blazer史でかなり重要である。

NikeはPortland Trail Blazersの名前を商品につけただけではなく、同チームの選手を商品開発にも関与させていた。

Blazerの誕生を後世のGeorge Gervinだけから語ると、この部分が抜け落ちる。

1972年という起点を見るなら、

Portland Trail Blazers
Bruin Prototype
Geoff Petrie
Blazer Hi-Top

という関係を見なければならない。


George Gervinは「誕生後」の物語

Blazerといえば、George “The Iceman” Gervinを思い浮かべる人も多い。

それ自体は間違っていない。

しかし、1972年のBlazer誕生とGervinの物語を同じ出来事として扱ってはいけない。

Nike公式史でも、Blazerが1972年12月にコートへ登場した後の展開としてGervinとの関係が説明されている。

SOLEVAULT No.006の主役は、あくまで1972年のBlazer Hi-Top Leatherである。

GervinはBlazerがその後どのようにNike Basketballの象徴へ成長したかを示す重要人物として扱う。


「Blazer」と「Blazer Hi-Top」を混同しない

今回の1972年カタログを調べることで、新たな研究課題も生まれた。

Basketballセクションには、Blazerについて複数の表記・説明が存在する。

そのためSOLEVAULTでは、Blazerという名称を1970年代すべての仕様をまとめる一足の名前として使用しない。

No.006は、

Blazer Hi-Top Leather

に限定する。

今後、Blazer Low、Blazer Suede、Blazer Hi-Top Suedeなどが、当時の商品番号やカタログによって独立商品として確認できれば、それぞれ別の収蔵対象とする。

単純なカラー違いであればVARIATIONSとしてNo.006または該当モデル内へ収める。

これはCortez Familyと同じ原則である。

一足として分けられていたものは、一足として残す。


1972年のNikeを変えた一足

Cortezを見ると、Nikeのランニングへの執念が分かる。

Blazerを見ると、それだけではないことが分かる。

Nikeはブランド誕生直後から、Basketballへ進もうとしていた。

しかも単にランニングシューズをハイカットにしたわけではない。

プロ選手との関係を作り、レザーアッパーを採用し、バルカナイズ製法を使い、足首周辺やアーチ、インソールまで含めて競技用バスケットボールシューズを構成した。

Blazer Hi-Top Leatherは、

「Nikeはランニングだけのブランドではない」

という未来が見え始めた一足だった。


WHY IT MATTERS|なぜ重要なのか

Blazer Hi-Top Leatherの価値は、現在までBlazerという名前が残っているからだけではない。

1972年12月。

まだNikeという名前そのものが新しかった時代に、このブランドはすでにプロバスケットボールのコートへ入っていた。Nike公式も、この時期のBlazerをPortland Trail Blazers、Bruin Prototype、初期のプロ選手によるSwoosh着用と一続きの歴史として記録している。

しかも今回の1972年BRSカタログによって、Blazerが「存在した」というだけではなく、当時どんな競技靴として売られていたかまで追える。

それがNo.006を残す意味である。


SOLEVAULT VIEW

現在のBlazerから1972年を見ると、すべてが最初から成功することを約束されていたように見えてしまう。

実際は逆だ。

1972年のNikeはまだ始まったばかりだった。

その小さなブランドが、地元Portlandのプロチームと接点を持ち、選手の意見を取り込み、日本の製造技術を使って、一足のバスケットボールシューズを作った。

それがBlazer Hi-Top Leatherだった。

後にストリートへ行くことも、スケートボードへ行くことも、この時点ではまだ未来である。

だからSOLEVAULTが保存したいのは、後世の「名作Blazer」だけではない。

まだ名作ではなかった、1972年のBlazerである。


ARCHIVE DATA|アーカイブデータ

MODEL|モデル名: Nike Blazer Hi-Top Leather/ナイキ ブレーザー ハイトップ レザー
PERIOD CATALOG NAME|当時カタログ表記: BLAZER HI TOP / Blazer HT
YEAR|登場年: 1972
DEBUT|初登場: 1972年12月にコートへ登場
ROOM|分類: BASKETBALL/バスケットボール
TYPE|用途: Basketball Shoe/競技用バスケットボールシューズ
NAME ORIGIN|名称の由来: Portland Trail Blazers
UPPER|アッパー: Calf Leather/カーフレザー
TONGUE|タン: Polyfoam Tongue/ポリフォームタン
ANKLE|足首部: Padded Ankle Collar/パッド入りアンクルカラー
ARCH SUPPORT|アーチ支持: Arch Support / Arch Bandage/アーチサポート系構造
INSOLE|インソール: SPENCO Innersole/SPENCOインソールを当時カタログで確認
OUTSOLE|アウトソール: Rubber Outsole/ラバーアウトソール
CONSTRUCTION|製法: Vulcanized Construction/バルカナイズ製法
KEY TEAM|関連チーム: Portland Trail Blazers
KEY ATHLETE|主要関連選手: Geoff Petrie
PRECEDING ARCHIVE|前段階: No.005|Bruin Prototype|1972
COUNTRY OF MANUFACTURE|製造国: Japan/日本との製造関係をNike公式資料で確認
FACTORY|製造工場: 未確認
MODEL NUMBER|品番: 未確認
ORIGINAL PRICE|当時価格: 未確認
ORIGINAL COLOR|初期カラー: 完全な1972年カラー体系は未確認
KNOWN VARIATIONS|確認済み派生型: Blazerファミリーに後続仕様あり。1972年型との商品上の関係は個別調査
LATER CULTURE|後の展開: George Gervinとの関係、ストリート/スケートカルチャーへ展開
SOURCE STATUS|資料確認状況: CONFIRMED / DOCUMENTED
IMAGE STATUS|画像資料: 1972 BRS/NikeカタログおよびNike Department of Nike Archivesで確認


CURRENTLY CONFIRMED|現在確認できていること

Nike公式資料から、BlazerがPortland Trail Blazersに由来する名称であること、1972年に同チームの選手がBruin Prototypeを着用したこと、Blazerが1972年12月にコートへ登場したことが確認できる。Nike公式は当時のカタログにBlazer HTと記載されていたこと、calf leather upperとvulcanized constructionを採用していたことも記録している。

さらに今回確認した1972年BRS/Nikeカタログから、BLAZER HI TOPの商品説明、内部構造、SPENCOインソールなどの仕様、およびGeoff Petrieと初期Nike Basketball開発との関係を確認できる。


CURRENTLY UNCONFIRMED|現在未確認のこと

1972年Blazer Hi-Top Leatherの正式な商品番号、全カラー、正確な初回販売価格、製造工場、初回生産数は、現時点では確定しない。

また、1972年カタログ内に見られるBLAZER HI TOPとBLAZERの表記関係についても、商品番号等の追加資料が見つかるまでは完全な同一商品/別商品のいずれとも断定しない。

後年確認されるBlazer Low、Blazer Suedeなどについても、No.006へ一括せず、年代資料を確認したうえで独立収蔵の可否を判断する。


SOURCES|資料

Blue Ribbon Sports / Nike Product Catalog, 1972 — Basketball Section
SOLEVAULT所蔵・確認資料。BLAZER HI TOP、構造、Basketballライン、Geoff Petrieに関する同時代記述を確認。

Nike Department of Nike Archives — The History of the Blazer
Blazerの名称由来、1972 Bruin Prototype、1972年12月のBlazer登場、Blazer HT、calf leather、vulcanized constructionなどを確認。

Nike Department of Nike Archives「The History of the Blazer」


これをNo.006の正式稿にします。

そして重要なのは、ここでBlazerシリーズ全体を006へ詰め込まなかったことです。1972年のHi-Top Leatherを一足として固定したので、今後SuedeやLowが一次資料で独立商品として確認されたとき、SOLEVAULTの通し番号で正しく追加できます。

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