1972|RUNNING
INTRODUCTION
1972年、Nikeはまだ「これがNikeのランニングシューズだ」という一つの答えを持っていなかった。
Cortezが長距離トレーニングを担い、Oboriがロードレーシングへ向かう一方、さらに軽量なレーシングフラットとしてラインに存在したのがNike Marathonである。
現在では初期Nikeを代表する名前としてCortezやMoon Shoeが語られることが多い。しかし、1972年のBlue Ribbon Sports / Nikeカタログを見ると、Marathonの存在感は決して小さくない。
BRSはMarathonを、
ロードレース
クロスカントリー
インドア
に使用するレーシングフラットとして展開し、カタログではNikeで最も人気のあるレーシングフラットという趣旨で紹介している。
そして別の商品説明では、Marathonが1972年2月にアメリカ市場へ登場したことまで記録されている。
Marathonは後世のNike史から拾い上げられた一足ではない。
NikeがNikeになろうとしていた1972年、その商品ラインの中核に実際に存在したレーシングシューズだった。
1972年2月、アメリカ市場へ
今回確認した1972年BRS/Nikeカタログには、Marathonについて重要な時系列情報が残されている。
1972年2月にU.S. marketへ登場した。
これはNo.008にとって非常に大きな情報である。
Nikeブランドが本格的に立ち上がった1972年、そのかなり早い段階ですでにMarathonがアメリカ市場へ投入されていたことになる。
そして、そのわずか約2か月後。
カタログは1972年4月のBoston Marathonについて、最初のアメリカ人フィニッシャーがMarathonを着用したと記録している。
これはBRS自身による同時代の商品訴求なので、SOLEVAULTでは、
PERIOD BRS CLAIM|当時BRSによる記録
として保存する。
選手本人の氏名と着用個体については、別資料との照合が完了するまで推測で埋めない。
「NIKE’s most popular racing flat」
1972年カタログではMarathonについて、
“NIKE’s most popular racing flat”
という趣旨の強い表現が使われている。
もちろん、これは第三者による市場調査結果ではない。
BRS/Nike自身の商品説明である。
しかし資料として重要なのは、BRSが当時Marathonをどの位置に置いていたかである。
現在の知名度から1972年の商品序列を決めてはいけない。
現代ではCortezの方が圧倒的に有名でも、当時のBRSはMarathonを主要なレーシングフラットとして売っていた。
SOLEVAULTが保存するのは、この「当時の位置」である。
7オンス未満
Marathonの商品説明には、さらに具体的な数字がある。
BRSはsize 8で7 ounces未満と記載している。
約198グラム未満に相当する。
ただし、これは現存個体をSOLEVAULTが実測した数字ではない。
あくまで、
1972 BRS CATALOG SPECIFICATION
である。
それでも、1972年当時BRSがMarathonをどれほど「軽いレーシングシューズ」として位置づけていたかを示す重要な数字になる。
カタログでは、Marathonが多くのtrack spikesより軽いという趣旨でも訴求されている。
現代の感覚で「軽量だった」と曖昧に書くより、
Size 8 / under 7 oz — period catalog claim
と残す方が資料としてはるかに価値が高い。
Blue Nylon Upper
Marathonで特に注意したいのが、アッパー素材の表記である。
これまで確認した1972年のBRS広告には、
“blue smoothfibre upper”
という表現がある。
一方、今回のカタログでは、Marathonの説明としてnylon upper、さらに別の記述ではweather-resistant swooshfiber uppersという表現も確認できる。
ここを一つの言葉へ勝手に統一してはいけない。
SOLEVAULTでは資料別に保存する。
1972 period advertisement:blue smoothfibre upper
1972 BRS catalog:nylon / swooshfiber terminology
つまり、「後世の資料がどちらかを間違えた」と即断するのではなく、当時のBRS自身が資料によって異なる商品用語を使っていた可能性まで含めて記録する。
Nylon Upperは何だったのか
今回のカタログにはTechnical Informationもある。
そこではNikeのnylon swooshfibreについて、単純な一枚布ではなく、三層構造として説明している。
外側には耐久性を意識した滑らかな層。
中間にはporous polyurethane foam。
内側には強度を持たせるtricot backing。
BRSは、この組み合わせによって軽さと強度を得ながら、当時の人工素材で問題となった通気性にも対応するという趣旨の説明をしている。
ただし、ここで注意する。
Technical Informationが説明する一般的なNike Swooshfibre構造を、Marathonの全個体に無条件で当てはめるわけではない。
Marathonの商品ページとTechnical Informationを併記し、
1972年Nikeがこの種のナイロン系アッパーをどう説明していたか
として残す。
Suede Reinforcement
現存する初期Marathonを見ると、ナイロン主体のアッパーに補強素材を組み合わせた個体が確認されている。
後年のオークション資料では、ブルーナイロンにスエードのトウ/ヒール補強、白いレザーSwooshを備えた日本製Marathonも記録されている。
ただし、後年の個体情報を1972年2月の初回仕様へそのまま逆算しない。
1972年カタログで確認できる仕様と、後年の現存個体で確認できる仕様は、別レイヤーの証拠として管理する。
これもSOLEVAULTでは重要な原則である。
Cordo-Rubber Racing Sole
Marathonの足元を特徴づけるのが、レーシング用アウトソールである。
1972年カタログでは、
cordo-rubber racing sole
という表現が確認できる。
別の1972年広告では、
soft cordocrep outer-sole
と表現されている。
BRSはこれをロード、クロスカントリー、インドアなどで使用できるソールとして訴求した。
ここでも、
「あらゆる路面で優れたグリップを発揮した」
とSOLEVAULTが事実認定するわけではない。
当時広告にある、
“grips on all surfaces”
はメーカーによる性能訴求として保存する。
「never stiffens or cracks」は何を指したのか
Marathonについては、非常に間違えやすい広告文が残っている。
1972年広告には、
“blue smoothfibre upper which never stiffens or cracks”
と記載されている。
重要なのは文法である。
“which never stiffens or cracks”はアウトソールではない。
直前のblue smoothfibre upperを修飾している。
したがってSOLEVAULTでは、
UPPER PERFORMANCE CLAIM|当時のアッパー性能訴求:
“never stiffens or cracks”
として保存する。
「Marathonのソールは硬化もひび割れもしなかった」と書いてはいけない。
こうした小さな読み違いでも、50年以上繰り返されれば誤った仕様として定着してしまう。
SOLEVAULTでは原文まで戻る。
Sponge Midsole
1972年広告ではMarathonにblue foam rubber midsoleが記録されている。
カタログでもクッション構造が説明されている。
つまりMarathonは軽量化だけを追った一枚底の競技靴ではない。
アッパーを軽量化しながら、ミッドソールによるクッションとレーシング用アウトソールを組み合わせていた。
Oboriとはソール設計が違う。
Cortezとも違う。
同じ1972年のNikeでも、用途ごとに異なる答えを作っていたことが分かる。
SPENCO InnersoleとArch Bandage
今回のBRSカタログではMarathonについて、
built-in SPENCO innersole
polyfoam arch bandage
も確認できる。
SPENCOはNo.006 Blazer、No.007 Obori周辺、Cortez Familyなど、今回のカタログに繰り返し登場する。
このことから、1972年Nikeの商品開発を「アウトソールの歴史」だけで見るのは不十分だと分かる。
Nikeは、
アッパー
ミッドソール
アウトソール
インソール
アーチ支持
までを組み合わせながら、一足を構成していた。
Marathonはその軽量レーシング側の回答だった。
Cross Countryを走るMarathon
モデル名はMarathonだが、用途をフルマラソンだけに限定してはいけない。
1972年BRS資料では、
Road Racing
Cross Country
Indoor
など、より広いレーシング用途が示されている。
別の商品説明では、特にcross country racingを主要用途として説明している。
つまり「Marathon」という名前だけから、
42.195km専用シューズ
と解釈するのは間違いである。
1972年NikeにおけるMarathonは、軽量なレーシングフラットという広い位置づけで見るべき一足だった。
1972 Boston Marathon
Marathonの歴史で非常に興味深いのがBoston Marathonとの関係である。
今回のBRSカタログでは、1972年2月にMarathonがアメリカ市場へ登場し、その数週間後に行われたBoston Marathonで、最初のアメリカ人フィニッシャーがこのシューズを着用したという趣旨の記述がある。
さらに、
“The most comfortable shoe I’ve ever worn.”
という着用者コメントも掲載されている。
ただし、ここでもSOLEVAULTは一段止まる。
これはBRSの商品カタログに掲載された証言である。
したがって、
BRSが1972年当時そう記録・宣伝したことはCONFIRMED。
一方、
選手本人の氏名、実際の着用個体、順位、発言の独立資料による裏付けは未確認。
この二つを混ぜない。
Made in Japan
初期Marathonの現存個体には、Made in Japan表記を持つものが確認されている。
また、後年のオークション資料でも日本製Marathonが記録されている。
これは初期Nikeの歴史を考えれば非常に重要である。
1972年のNikeは、アメリカでデザインや販売戦略を作りながら、日本の製造基盤と強く結びついていた。
しかし、現時点では1972年2月の初回Marathonすべてについて製造工場まで確定できていない。
したがって、
COUNTRY OF MANUFACTURE:Japan documented on surviving early examples
FACTORY:未確認
として区別する。
WHY IT MATTERS|なぜ重要なのか
Nike Marathonは、現在の知名度だけならCortezやBlazerより下に見える。
しかし1972年へ戻れば違う。
2月にアメリカ市場へ入り、4月にはBoston Marathonとの実績をBRSが広告に使い、ロード、クロスカントリー、インドアを対象とした軽量レーシングフラットとして展開された。
そしてsize 8で7oz未満という具体的な数字まで、当時のカタログに残っている。
Marathonは「昔あったNike」ではない。
Nikeが1972年に、本気でレーシング市場を取りに行くために売っていた一足である。
SOLEVAULT VIEW
Marathonという名前だけを残しても、この靴を保存したことにはならない。
何月に市場へ出たのか。
何に使われたのか。
何グラムだったのか。
アッパーをBRSは何と呼んだのか。
どんなソールだったのか。
Boston Marathonとどう結びついたのか。
そして、どこまでが事実で、どこからが1972年の広告表現なのか。
そこまで分けて初めて、一足が1972年へ戻ってくる。
Nike Marathonは、現在ほとんど語られない。
だからこそ残す。
有名だから載せるのではない。存在したから記録する。
ARCHIVE DATA|アーカイブデータ
MODEL|モデル名: Nike Marathon/ナイキ マラソン
PERIOD DESIGNATION|当時確認できる表記: MARATHON / NYLON MARATHON
YEAR|登場年: 1972
U.S. MARKET DEBUT|米国市場投入: February 1972/1972年2月(BRSカタログ記載)
ROOM|分類: RUNNING/ランニング
TYPE|用途: Racing Flat/レーシングフラット
INTENDED USE|想定用途: Road Racing, Cross Country, Indoor/ロードレース、クロスカントリー、インドア
UPPER|アッパー: Nylon系。資料にSmoothfibre / Swooshfibreの表記あり
UPPER COLOR|アッパーカラー: Blue/ブルー
UPPER PERFORMANCE CLAIM|当時のアッパー性能訴求: “never stiffens or cracks”
MIDSOLE|ミッドソール: Blue Foam Rubber Midsole/ブルーフォームラバーミッドソール(1972年広告)
OUTSOLE|アウトソール: Cordo-Rubber / Cordocrep Racing Sole/レーシング用コードラバー系ソール
INSOLE|インソール: Built-in SPENCO Innersole/SPENCOインソール
ARCH SUPPORT|アーチ支持: Polyfoam Arch Bandage/ポリフォーム・アーチバンデージ
PERIOD WEIGHT|当時重量記載: Size 8で7oz未満(約198g未満)— BRSカタログ値
KEY EVENT|主要大会: 1972 Boston Marathon
PERIOD RESULT CLAIM|当時の実績訴求: 1972 Boston Marathonで最初のアメリカ人フィニッシャーが着用したとBRSが記録
MODEL NUMBER|品番: 1972年初回仕様は未確認
COUNTRY OF MANUFACTURE|製造国: Japan/初期現存個体で日本製を確認
FACTORY|製造工場: 未確認
ORIGINAL PRICE|当時価格: 未確認
PRODUCTION QUANTITY|生産数: 未確認
SOURCE STATUS|資料確認状況: CONFIRMED / DOCUMENTED
IMAGE STATUS|画像資料: 1972 BRS/Nikeカタログ、1972年BRS広告、現存ヴィンテージ個体資料あり
CURRENTLY CONFIRMED|現在確認できていること
1972年BRS/Nikeカタログは、Marathonが1972年2月にアメリカ市場へ登場したと記録している。
同資料から、Marathonがロード、クロスカントリー、インドアなどを対象とする軽量レーシングフラットとして販売され、size 8で7oz未満と訴求されていたことを確認できる。
1972年BRS広告からはblue smoothfibre upper、blue foam rubber midsole、soft cordocrep outer-soleという構成を確認できる。
また、“never stiffens or cracks”はアッパーについての広告表現であり、アウトソールについての記述ではない。
CURRENTLY UNCONFIRMED|現在未確認のこと
1972 Boston MarathonでBRSが「first American finisher」と記載した選手の氏名・順位・着用個体については、独立した一次資料との照合を完了していない。
1972年初回仕様の正確な品番、販売価格、製造工場、総生産数も未確認。
また、Smoothfibre / Swooshfibreという当時の素材表記の関係、およびMarathonの仕様変更時期については追加調査が必要である。
SOURCES|資料
Blue Ribbon Sports / Nike Product Catalog, 1972 — Marathon / Technical Information sections
SOLEVAULT確認資料。1972年2月の米国市場投入、用途、重量、アッパー、ソール、SPENCO、Boston Marathonに関する記述を確認。
Blue Ribbon Sports / Nike — “A BRAND NEW LINE” advertisement, 1972
NYLON MARATHON、blue smoothfibre upper、blue foam rubber midsole、soft cordocrep outer-soleおよび当時の性能訴求を確認。
1972 Nike period catalog / surviving vintage documentation
MarathonがCortez、Flyte、Obori、Road Runnerなどと同時期の商品ラインに存在したことを補強。
008もこれで旧稿からかなり上がりました。
特に大きいのは、「1972年のMarathon」というだけだったものが、「1972年2月に米国投入された、size 8で7oz未満の具体的なレーシングフラット」まで降りてきたことです。
次の009 Flyteはさらに大幅に変わります。 今回のカタログでRegular / Suede / Wetの3 stylesが明記されたので、009を一足で済ませてよいかから再判定する必要があります。
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