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No.007|Nike Obori(ナイキ オボリ)(1972)

1972|RUNNING

目次

INTRODUCTION

1972年、Nikeはまだ誕生したばかりだった。

そのNikeがアメリカのロードレース市場へ送り込んだ初期レーシングシューズの一つが、Nike Oboriである。

現在ではCortezやBlazerほど名前を知られていない。しかし、1972年当時の資料を追うと、その位置づけはまったく違って見える。

Blue Ribbon Sports / NikeはOboriをロードレーシング用の重要モデルとして大きく扱い、1972年U.S. Olympic Marathon Trialsでは、上位7人のうち4人がOboriを着用したと広告・カタログで訴求している。

さらに今回確認した1972年BRS/Nikeカタログには、アッパーだけでなく、アウトソール、スポンジミッドソール、ヒールウェッジ、アーチ/ヒールクッションまで、その構造がかなり詳しく記録されている。

そしてOboriの物語は1972年だけでは終わらない。

同じBRS/Nikeカタログには、後にこの系譜がBoston ’73という名前へ進んだことまで記録されている。

Oboriは忘れられたNikeではない。

初期Nikeのロードレーシング戦略を記録した重要な一足である。


「OBORI」という名前

1972年8月のTrack & Field Newsに掲載されたBlue Ribbon Sports / Nike広告は、Oboriをアメリカへ紹介する際、

“For the first time in the U.S.”

と告知している。

そして名称について、福岡にある有名なランニングパークに由来するものとして説明している。

ここでいう場所は**大濠公園(Ohori Park)**を指すと考えられる。

ただし、当時の商品名はあくまで、

OBORI

である。

現代の地名表記へ勝手に修正せず、SOLEVAULTでは当時のNike/BRSの商品表記をそのまま保存する。

これは初期Nikeに日本との深い関係があったことを示す、小さくても重要な痕跡でもある。


1972 U.S. Olympic Marathon Trials

Oboriが強烈なデビューを飾った舞台が、1972年のU.S. Olympic Marathon Trialsだった。

今回確認した1972年BRS/Nikeカタログでは、

最初の7人のフィニッシャーのうち4人がOboriを着用した

と記録されている。

これは後世の回想だけではない。

1972年8月のTrack & Field Newsに掲載されたBRS広告にも同じ内容が確認できる。

つまり、異なる同時代BRS資料が同じ数字を記録している。

SOLEVAULTでは、この「4 of the first 7」を初期Oboriを位置づける重要な同時代記録として扱う。

ただし、4人全員の氏名については別途レース結果と着用写真を突き合わせる必要がある。

人数が確認できたからといって、選手名まで推測で埋めない。


「The finest road racing flat ever」

1972年BRS/Nikeカタログでは、Oboriを非常に強い言葉で紹介している。

“The finest road racing flat ever”

もちろん、これは客観的な性能評価ではない。

当時のメーカー自身による広告表現である。

しかし、この言葉そのものには資料価値がある。

BRS/NikeがOboriを単なるラインナップの一足としてではなく、ロードレーシング用の主力商品として位置づけていたことが分かるからだ。

その自信を支えていたものの一つが、独特なソール構造だった。


三層で考えられたOboriのソール

今回のカタログで最も重要な発見の一つが、Oboriのソール構造である。

BRSはOboriのソールを、単純な一枚のラバーではなく、複数の機能を組み合わせた構造として説明している。

大きく見ると、

Gum Rubber Outsole

Sponge Midsole

Elevated Heel Wedge

という構成だった。

さらに内部にはarch-heel cushionが組み合わされている。

これは1972年のNikeが、ロードレーシングシューズをどのように考えていたのかを見るうえで非常に面白い。


Hundreds of Tiny Suction Cups

Oboriを外観上も特徴づけるのがアウトソールである。

カタログでは、外側にgum rubberを使用し、その表面には数百個の小さなsuction cupsを設けた構造として説明されている。

1972年Track & Field News広告でも、

“octopus suction cup tread”

という印象的な表現が使われた。

つまり、タコの吸盤のような細かな突起を持つトレッドだった。

BRSはこれによってロード上で高いトラクションが得られると訴求した。

ここも性能そのものを現代から断定するのではなく、

1972年のNikeがロード用グリップをどう設計し、どう売ろうとしていたか

という記録として読むべきである。


Sponge Midsole

アウトソールの上にはsponge midsoleが置かれていた。

これは路面から受ける衝撃を和らげるためのクッション層として説明されている。

現在のランニングシューズではミッドソールが巨大な技術領域になっているが、1972年のNikeもすでに、

アウトソール=接地と耐久性
ミッドソール=クッション

という異なる役割を組み合わせてシューズを構成していた。

Oboriはその考え方を非常に分かりやすく残している。


Elevated Heel Wedge

さらにOboriには、踵を高くするheel wedgeが組み込まれていた。

当時のBRSは、これによってAchilles tendonへの負担を減らすという趣旨の性能訴求を行っている。

しかしSOLEVAULTでは、

「Oboriはアキレス腱障害を防いだ」

とは書かない。

医学的効果を現在の知識から保証するものではなく、

1972年当時のNike/BRSがその目的で設計・宣伝していた

というところまでを記録する。

この区別は重要である。


Arch-Heel Cushion

Oboriにはさらに、アーチから踵にかけて支えるarch-heel cushionが記録されている。

BRSはこれによって踵をさらに持ち上げながら、アーチを支持する構造として説明している。

つまりOboriは、

アウトソール
ミッドソール
ヒールウェッジ
アーチ/ヒールクッション

という複数の層を組み合わせて足元を設計していた。

「昔の薄いレーシングシューズ」という現代からの印象だけでは見えてこない部分である。


NylonとSuede

Oboriには少なくとも二つのアッパー仕様が確認できる。

Iridescent Blue Nylon
USA Blue Suede

である。

1972年8月のTrack & Field News広告でも、Blue Ribbon Sportsはナイロン仕様とスエード仕様を案内している。

さらに同広告では、8月末から限定的に供給し、その後の供給計画として、

15,000 pairs nylon
3,000 pairs leather

という数字まで掲載している。

ただし、この数字は非常に注意が必要だ。

これは生産実績ではない。

当時の供給予定・販売計画として示された数字である。

したがってSOLEVAULTでは、

PRODUCTION QUANTITY|生産数:未確認

とし、15,000/3,000を「生産された数量」として使用しない。


Four-Way Stretch Innersole

カタログではOboriの内部構造として、four-way stretch innersoleも記録されている。

さらに、

lightly padded ankle cushion
polyurethane foam tongue

などが確認できる。

つまりOboriの軽量化やロード用ソールだけが設計対象だったわけではない。

足と接触する内部、足首周辺、タンまで含めて一足として構成されていた。

このあたりは、今回カタログ全体を見ることで初めて分かりやすくなった。

Cortez、Marathon、Flyteなどと並べると、1972年のNikeがモデルごとに異なる解決策を試していたことが見えてくる。


1972年、アメリカ市場へ

1972年8月のTrack & Field News広告では、Oboriについて**“For the first time in the U.S.”**と紹介している。

さらに同年6〜7月のNorthern California Running Reviewにも、新しいNike OboriとOlympic Trialsでの使用について記録が残る。

そして1972年11月のTrack & Field News掲載Running Shop広告では、Nikeラインの中に、

Obori Nylon / Suede

が確認できる。

つまりOboriはOlympic Trialsだけに現れた特殊な試作品ではない。

1972年にアメリカ市場へ投入され、実際の商品ラインとして販売されたレーシングシューズだった。


OboriからBoston ’73へ

今回の1972年BRS/Nikeカタログでもう一つ非常に重要なのが、

BOSTON ’73

のページである。

そこではBoston ’73の前身について、

“then OBORI”

という表現が使われている。

さらにBRSは、Oboriが1972 U.S. Olympic Marathon Trialsで登場した後、Motor City、Western Hemisphere、Trail’s Endなどのマラソンで実績を重ね、Boston Marathonとの関係を経てBoston ’73という名称へ移ったというストーリーを提示している。

ここで重要なのは、後世のコレクターが「似ているから同じ靴だろう」と判断しているのではないことだ。

当時のBRS自身がBoston ’73とOboriの連続性を説明している。

これは非常に強い資料である。


Boston ’73をOboriに吸収しない

しかしSOLEVAULTでは、Boston ’73をNo.007の別名として処理して終わらせない。

BRSがBOSTON ’73という独立した商品名を使って市場へ提示している以上、SOLEVAULTの収蔵原則では別アクセッションの候補になる。

もちろん、

単純な名称変更なのか
仕様変更が存在するのか
Oboriと販売期間が重なったのか
商品番号が変更されたのか

はさらに調査する。

しかし、

Obori → Boston ’73

という系譜そのものは、今回の資料によってかなり強く確認できるようになった。


WHY IT MATTERS|なぜ重要なのか

Oboriは現在のNike史では大きく語られることの少ないモデルである。

しかし1972年へ戻ると、見え方はまったく違う。

U.S. Olympic Marathon Trialsで上位7人中4人が着用したとBRS自身が記録し、アメリカ市場へ本格投入され、ロードレーシング用として独自のsuction cup outsoleを採用した。

さらにその系譜はBoston ’73へ続いていく。

つまりOboriは、後に消えてしまった脇役ではない。

Nikeが1972年にロードレーシング市場で何を作ろうとしていたのかを残した一足である。


SOLEVAULT VIEW

Nikeの歴史を有名モデルだけで並べれば、Oboriは簡単に消えてしまう。

Cortezがある。

Moon Shoeがある。

Waffleがある。

だからOboriを省いてもNikeの歴史は説明できるように見える。

しかし、それでは1972年のNikeそのものは見えない。

小さなsuction cupsを並べたアウトソール。

スポンジミッドソール。

踵を上げるウェッジ。

アーチ/ヒールクッション。

ナイロンとスエード。

そしてOlympic Trials。

そこには、まだ正解を持っていなかったNikeが、ロードを速く走るための一足を本気で作っていた痕跡が残っている。

そしてその名前は、やがてBoston ’73へつながっていった。

有名だから残すのではない。

存在したから、記録する。

Oboriこそ、SOLEVAULTが残すべきNikeである。


ARCHIVE DATA|アーカイブデータ

MODEL|モデル名: Nike Obori/ナイキ オボリ
PERIOD CATALOG NAME|当時カタログ表記: OBORI
YEAR|登場年: 1972
DEBUT|初登場: 1972年U.S. Olympic Marathon Trials期
U.S. MARKET|米国市場: 1972年に米国導入を同時代広告で確認
ROOM|分類: RUNNING/ランニング
TYPE|用途: Road Racing Flat/ロードレーシング用レーシングフラット
NAME ORIGIN|名称の由来: 福岡のランニングパークに由来すると1972年BRS広告が説明。大濠公園を指すと考えられる
UPPER|アッパー: Nylon / Suede/ナイロン、スエード
CONFIRMED COLORS|確認済みカラー: Iridescent Blue Nylon / USA Blue Suede
OUTSOLE|アウトソール: Gum Rubber Suction-Cup Outsole/多数の小型吸盤状トレッドを持つガムラバーアウトソール
MIDSOLE|ミッドソール: Sponge Midsole/スポンジミッドソール
HEEL|ヒール構造: Elevated Heel Wedge/ヒールウェッジ
ARCH SUPPORT|アーチ支持: Arch-Heel Cushion/アーチ・ヒールクッション
INSOLE|インソール: Four-Way Stretch Innersole/4方向ストレッチインソール
TONGUE|タン: Polyurethane Foam Tongue/ポリウレタンフォームタン
ANKLE|足首部: Lightly Padded Ankle Cushion/軽量パッド入りアンクル部
KEY EVENT|主要大会: 1972 U.S. Olympic Marathon Trials
PERIOD RESULT CLAIM|当時の実績記録: 上位7フィニッシャー中4人がOboriを着用したと複数の同時代BRS資料が記録
MODEL NUMBER|品番: 未確認
COUNTRY OF MANUFACTURE|製造国: 未確認
FACTORY|製造工場: 未確認
ORIGINAL PRICE|当時価格: 未確認
PRODUCTION QUANTITY|生産数: 未確認。1972年広告に15,000足Nylon/3,000足Leatherの供給計画記載あり。ただし実生産数ではない
SUCCESSOR / RENAMED MODEL|後続・改名モデル: Boston ’73との直接的連続性をBRSカタログで確認
SOURCE STATUS|資料確認状況: CONFIRMED / DOCUMENTED
IMAGE STATUS|画像資料: 1972 BRS/Nikeカタログおよび同時代広告で確認


CURRENTLY CONFIRMED|現在確認できていること

Oboriは1972年にNike/BRSがアメリカ市場へ展開したロードレーシング用シューズである。

1972年BRS/Nikeカタログと同年Track & Field News広告の双方で、U.S. Olympic Marathon Trialsの上位7人中4人がOboriを着用したとの記録を確認できる。

同時代資料から、suction-cup gum rubber outsole、sponge midsole、heel wedge、arch-heel cushion、four-way stretch innersole、polyurethane foam tongueなどの構造、およびIridescent Blue NylonとUSA Blue Suedeの仕様を確認できる。

また、BRS/Nikeカタログ自身がBoston ’73についてOboriとの連続性を明示している。


CURRENTLY UNCONFIRMED|現在未確認のこと

1972 U.S. Olympic Marathon TrialsでOboriを着用したとされる4選手全員の氏名と各個体については、レース結果・写真等との照合を完了していない。

正確な商品番号、販売価格、製造国・工場、実際の総生産数も未確認。

また、OboriからBoston ’73への移行が名称変更だけだったのか、仕様変更・品番変更を伴ったのかについては追加資料が必要である。


SOURCES|資料

Blue Ribbon Sports / Nike Product Catalog, 1972 — Obori / Technical Information / Boston ’73 sections
SOLEVAULT確認資料。Oboriの構造、Olympic Trials、アッパー仕様、Boston ’73との関係を確認。

Track & Field News, August 1972 — Blue Ribbon Sports / Nike Obori advertisement
米国導入、名称由来、Olympic Trials、ナイロン/スエード、供給計画、ソール構造等を確認。

Northern California Running Review, June–July 1972
1972年当時のNike OboriおよびOlympic Trials期の記録を確認。

Track & Field News, November 1972 — Running Shop advertisement
NikeラインにObori Nylon / Suedeが販売商品として掲載されていることを確認。


これをNo.007の正式改稿版にしていいです。

006と007を並べると、かなり変わってきました。単なる「1972年Nike名作紹介」ではなく、当時のBRSカタログを一本の背骨として、一足ずつ1972年のNikeそのものを復元する辞典になり始めています。

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